melancholy chocolate

御剣怜侍は憂鬱だった。
今日が十三日の金曜日だからではない。カトリック教徒でもない彼にとってそんなものは、次の日が土曜日だという程度の意味しか持たない。
問題は、その土曜日が、世に言うバレンタインデイだと言うことだった。
執務机の引き出しを開けた。中には上品にラッピングされた箱が入っている。
中身は御剣が一番気に入っているブランドのチョコレートである。ついさっき検事局に来る途中に百貨店で買ってきた。値段はそれ相応に張ったものの、値段に見合ったレベルの逸品である。
「しかし……」
無意識に口に出した言葉は、暖房の良く聞いた部屋に霧散する。
返事を返す人間は居なかった。
チョコレートが溶けてはいけないので、緩慢な動作で引き出しを閉める。
机にひじをつくと組んだ手の上に顎を載せた。
バレンタインのチョコレートなど、くれる女性こそ何人か思い当たるが、渡す相手は一人しかでてこない。丁度、その相手とは明日食事に行く約束もしている。
しかし。
結局同じ所に思考は戻ってきてしまい、御剣はため息をついた。
食事に誘ったのは成歩堂である。恐らくだが、期待されているのだと思う。もしかしたら彼の方がチョコレートを用意しているかもしれない。意外とまめなあの男のこと、ありえなくはない。
だが、どう考えたって自分が渡すのは柄じゃないのである。
今更すぎて自分でも全く馬鹿馬鹿しいと思うのだが、一度思いついてしまうと、その感覚がどうしてもぬぐい去ることが出来ない。想像するだけでも顔が熱くなる。
そもそも、こんなことで悩んでいること自体が自分らしくない。
御剣は再び引き出しを開けると、箱を取り出した。さっきから堂々巡りの思考と同じく、この部屋に入ってからはもう何度も繰り返している。
そしていっそ自分で食べてしまおうかと、金色のリボンに指をかけるのだが、結局そんなことができるはずもなく、また机にしまい込んでしまうのである。
私はは馬鹿なのだろうか。
御剣はほとんど自分に絶望したような気持ちで、さっきからほとんど処理が進まない書類の束に向かい直した。こんな調子では、明日の食事自体が残業でつぶれてしまうだろう。
手に持つペンまでもが酷く重たかった。
「憂鬱だ……」
温い空気に御剣のつぶやきが溶けていくが、それは決してチョコレートのように滑らかではなかった。

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