ハリネズミのジレンマ

成歩堂は御剣を抱くが好きだった。
さすがに人目がある場所ではないものの、いざ二人きりになれば、やたらとべたべたしたがって、一度御剣を捕まえてしまえばなかなか離そうとはしない。健康なハグも、不健康な接触も、決して惜しまなかった。
御剣は「大の男が」と言っていちいち目くじらを立てたが、成歩堂に直そうという気はなかった。もちろん多少行き過ぎているという自覚はあったが、そもそも意識してしていることだったので、恋人の半分照れ隠しのような言葉で行動を改めようなどとは、微塵も思ってない。

その日、久しぶりにお互いの都合が付き、御剣の自宅で愛し合った後のことだった。
やっぱり成歩堂は御剣を抱きしめて眠ろうとして、御剣はそれをつっぱねた。
情事の後のこと、お互い疲れがあったので最初こそ動物の戯れのようなものだったが、何故かその日、御剣は成歩堂の抱擁を頑なに拒んだ。
「やめろ、やめてくれ」
御剣の言葉は震えていた。
成歩堂は驚いて起き上がった。
「御剣、どうしたんだ?なにかあったのか?」
泣いてこそいないものの、御剣はひどく傷ついたように目を伏せて、成歩堂の言葉に首を横に振った。そんなに触られるのがいやだったのかと訊くと、それも否定した。長い睫が震えている。
「なんでもない…すまない…」
御剣はなにかを堪えるように自分の体を抱えて謝った。
成歩堂はその下げられた頭やわらかく抱いた。びくりと腕の中で肩が震えたが、もう拒否はされなかった。
それをいいことに、成歩堂は御剣の体を抱き込んだ。

成歩堂は御剣を抱くのが好きだった。
その行為がときどきどうしようもなく恋人を追い詰めてしまうことは知っていたが、直そうという気はなかった。
それが加虐心によるものなのか単なる自分勝手なのかはわからないが、例え御剣が酷いことになっても、それは自分たちに必要なことだと成歩堂は知っていた。
だから、成歩堂は世界一優しく愛する人を抱きしめて、「ごめんね」と呟く。


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