些か刺激が強すぎた模様


少し強めに腕を掴むと、突然のことだったせいか、決して軽いというわけではない御剣の体でも容易く引き寄せられてくれた。ふわりと鼻先を掠めた香水の香りに、胸の奥が少し締め付けられる。鈍い痛みはほんの少しだったが、理性の動きを遅らせるには十分だった。
御剣が咄嗟に反応しかねているのを良いことに、唇の端に軽く口づけて、ついでに頬にもキスをした。切れ長の目が驚きで開かれるのが少し見えたが、柔らかい感触にそれが何を意味するのかよくわからなかった。
ぱちりと視線が重なって、そこでようやくしまったと思った。御剣の目は真実を求めるために機能しているのだから、自分の浅ましい欲求などあっという間に見抜かれてしまったに違いない。焦りと、一種の背徳感に近いものがぞわわと背筋を走る。
「成歩堂」
低い声に慌てて掴んでいた腕を放した。
自分のしたことも御剣のストイックな性格も良くわかっていたから、いったいどんな怒りの言葉をかけられるのかと、成歩堂は体を固くした。申し訳ないとは微塵も思っていなかったが、やはり良識のある人間としてさっきの行動は咎められるべきものだっただろう。自分らしくないことをしたとも思う。しおらしく謝罪するつもりで、成歩堂はを言葉待った。
しかし、かけられたのは罵倒でも小言でもなかった。
ひたりと少し温度の低い手が頬に当てられる。双眼は真っ直ぐにこっちを見つめていた。
「成歩堂」
「……はい」
「公共の場で、さっきの行動はあまりよろしくないな」
「そう、だね」
「今後は慎むように」
「……了解」
するりと滑らかな動きで指が頬を撫でた。短く切られた爪が僅かに肌に触れて、すぐに離れていった。再び交わされた視線は怒りや呆れに揺れることなく、静かに成歩堂を捉えていた。
成歩堂は立ちつくしたまま、そして御剣はその手を軽く振って、何事もなかったように廊下を歩いていった。こつこつと靴の音を立てながら遠ざかっていく後ろ姿は何とも男らしく、成歩堂は触れられた箇所をさすりながら、ぼんやりその背中を見つめた。
心臓が電気ショックでも与えられたみたいに激しく動き始めたのは、御剣の後ろ姿が見えなくなってからだった。
うわ、うわああああ。
衝動を声にしてしまいそうになるのを抑えるべく、手の甲を口元に当てる。顔が赤くなっているのが、温度差でよくわかる。口の中にたまった唾液を飲み込むと、ごくりと喉が鳴った。全く、情けない。
覚えてろよ。
リベンジを誓いながら、成歩堂はすでに誰もいないはずの廊下を睨んだ。


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