少女は恋を守る 流行の俳優よりトノサマン、恋愛より味噌ラーメン。綾里真宵はそういう性格だったが、しかしやはり彼女も少女であり女であったので、自分の一応の上司である成歩堂龍一に恋人ができたのだということは、すぐに感づいた。 成歩堂自身はそのことを隠しているつもりらしいが、やはり生活の変化はどこかしらにあらわれるものである。 香水をつけ始めたわけでもないのに匂いが変わっていたり(なるほどくんのじゃない、もっと上品で優しい匂い)、携帯を見つめては、はにかんだりため息をついたり(メールで一喜一憂なんて少女漫画みたい)、仕事を猛スピードで終わらせていそいそどこかに出かけていったり(ああもう、いちいち恥ずかしいったら!)。 些細なことだけれど、真宵はいろんなことをすばやく気取った。 女性の縁には全く恵まれていなさそうなのに、いつのまにそんな人ができたのだろう。真宵は不思議でならず、それから少しつまらなかった。 私には恋なんて、全然やってきそうにないのに。 ある日、仕事が終わったあと真宵は自宅に帰る途中で、事務所に財布を忘れたことを思い出した。面倒に思いつつも、定期が一緒にいれてあるので財布がなければ家にかえることができない。あーあと一人つぶやき、だらりとした足取りで真宵は事務所に戻った。 とんとんとリズミカルにビルの階段をのぼりきり、事務所のドアを開く。 きょろりと部屋中を見渡す。心当たりのある入り口の近くのサイドボードを探したが、ピンクの財布は見つからなかった。どこにやっちゃったかなぁと首をかしげる。 奥の部屋だろうかと思い、そちらを向いたときだった。 ほんの少しだけあいたドアの隙間から見えた、紅い色。 (あっ) 真宵はとっさにあげそうになった声を飲み込んだ。喉の奥がきゅうとなる。 別に二人は、なにかやましいことをしているわけではない。ただ向かい合って座っているだけだ。それなのに、そこだけ全く別の世界で、酷く甘そうに真宵の目には映った。 御剣検事は笑っていた。法廷で見る皮肉げな笑みでも、時折浮かべる困ったような笑顔でもない、ただ口元と瞳に綺麗な微笑を浮かべていた。成歩堂と一緒に笑っていた。 二人は恋をしているのだ。 急に、胸の奥をつつかれたような、ひどくどうしようもない気持ちになった。真宵は財布のことも忘れて事務所を飛び出した。自分がいたことを気づかれてしまうだとか、まったく頭にない。階段を駆け下りて、道にでる。町の中は人だらけだ。 アスファルトをずんずん進みながら、真宵は顔を火照らせた。 (ずるい、うらやましい、はずかしい、きれい、かわいい、すてき) あの二人は男の人同士なのに、ましてや検事と弁護士で宿命のライバルのはずなのに、成歩堂と御剣は恋人同士なのだ。誰にも秘密の恋なのだ。それはきっと、自分にだって知られたくないはず。 (でも私は知ってるよ) 大きく深呼吸をした。まだ胸が苦しい。 (私が守ってあげなくちゃ。ふたりの恋が壊れてしまわないように) 漠然と真宵は誓った。 少女はまだ恋を知らなかったが、成歩堂も御剣も彼女の一等の宝物なのだ。 top |