零距離

随分ともてるじゃないか、成歩堂。

楽しそうにからかうような言葉だった。他意はない。御剣は純粋にそう思って、成歩堂が困ったりする様子が見てみたくて、そう口にした。それだけだ。
それだけなのに、しかし成歩堂は何故か不快そうに眉間に深い皺を寄せて、目の前の友人を見つめた。
「…なんだ?」
「なんだ、じゃないだろ」
成歩堂はふいと目をそらした。
「君、僕のこと好きなんじゃなかったのかよ」
すこし躊躇った後、絞り出すように成歩堂は言った。御剣は成歩堂が辛そうな表情をしているのが理解できず、腕を組んで首をかしげた。
「それはそうだが」
それとこれとは関係がない。御剣の言葉は簡潔で、そして本心だった。
自分の恋は成就しない。それは自分の気持ちを自覚したときからわかっていることだった。御剣は成歩堂にとって友人にしかなり得ないし、成歩堂が自分の恋人だなんて、例え恋愛感情があったとしても、到底考えられない。だから御剣は成歩堂にそういうことを願わなかったし、きっと成歩堂もそれをわかっているのだと思っている。
御剣はもう一度、同じ言葉を繰り返した。
「関係ないことだ」
成歩堂ははじかれたように顔をあげた。目が暗く光っていた。
「…なんだよそれ」
つかつかと御剣に近寄ると、その肩を乱暴に掴んだ。お互いの息の音が聞こえそうになるくらい顔を近づける。しかし御剣は怯まなかった。
「君は私をふったではないか。なにを怒ることがある」
「ふった?いつ、誰が!」
「じゃぁ君は私の告白の返事を保留していたということか?そうではないだろう。君は、私を友人としか思っていない」
「僕、は」
「では君はあの女子ではなく、私を選ぶとでもいうのか?」
御剣は成歩堂を真っ直ぐにらみ返した。掴まれた肩が少しだけ痛かった。
しばらく二人は無言だったが、ふと成歩堂の纏う空気が変わった。怒りの混じった表情が消え、何かを決意したようにじっと御剣の顔を見つめる。
肩を掴んでいた手が、するりと後頭部に移動した。長い指がグレイの髪をなでる。
「……後悔するよ、きっと」
なに対して言ったのか。
御剣が結論を出すまもなく、二人の影はゆっくり重なった。


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